やめなくていい依存症支援『ハームリダクション』
福祉現場での動機づけ面接法による挑戦

 

わたしは約20年以上も福祉の世界に携わっているわけですが、どうしてもうまく支援できない対象疾患があります。

ひとつは「トラウマ支援」、もうひとつは「依存症支援」です。

 

トラウマがあるから依存症に陥りやすいという相関性もあります。

苦しすぎる心身を確実に癒してくれたのが薬物だったというお話しを本当によく耳にします。

「人は裏切るけど、薬物の効果は裏切らなかった」という経験があるのだと思います。

 

さて、今回は「依存症支援」の大事なポイントとなる『ハームリダクション』について書きていきたいと思います。

 

ハームリダクションとは?

(物質使用障害などによる)薬物等の使用を中止することが不可能である薬物使用のダメージを減らすことを目的とし、合法・違法にかかわらず精神作用性物質について、必ずしもその使用量が減少または中止することがなくとも、その使用により生じる健康・社会・経済上の悪影響を減少させることを主たる目的とする政策・プログラムとその実践のこと

引用:ハームリダクションアプローチ(やめさせようとしない依存症治療の実践) 著者:成瀬暢也

 

Harm(ハ―ム)には、毒、危害、悪影響、といった意味があり、

Reduction(リダクション)には、減少、縮小、低減、といった意味があります。

つまりHarm Reduction(ハームリダクション)とは、薬物使用による悪影響を減らしていく取り組みということになります。

 

MBSR:Mindfulness-based stress reduction(マインドフルネスストレス低減法)でも、「リダクション」のワードが使用されていましたので少し気になるところです。

完全な消去や消滅を目指すものではなく、減少や低減を目指すところがまたポイントなのでしょうね。

 

ハームリダクションの代表的な例としては、
(違法薬物の)静脈注射のための注射器回し打ちによるHIV感染の悪影響を減少させるために、あえて清潔な注射器を配布して、使用済みの注射器を回収するような取り組み(注射器交換プログラム)があります。

取り組みの結果、HIV感染やAIDSによる死亡などの深刻な危害を劇的に減少させることに成功するとともに、薬物使用そのものをも減少させる効果があったそうです。

 

 

 

日本の福祉現場におけるハームリダクション

ハームリダクションの考えは素晴らしいです。

でも結論から言うと、福祉の現場でハームリダクションを進めることは難しすぎます。

国家レベルで進めていく取り組みだと思うので、いち事業所レベルでは無理だというのが率直な感想です。

(ハ―ムリダクションとは真逆の考えの「覚せい剤は許さない!」とかのポスターが貼ってありますしね・・・)

とくに生活を共にしているようなグループホームのイチ支援者が、ルール違反や法律違反の片棒を担いでいるような重圧や責任を背負うのは耐え難いものがあります。

 

ハームリダクションによる支援の前段には「やめなくてもOK」という考え方があります。

依存症治療や支援の現場では有名な話なのですが、やめられないから病名が付いているわけなので、みんながちゃんと「やめられない病気」として認識することからスタートです。

「やめなさい」と言って、「はい。分かりました」で治療が完了するなら病気ではありませんから。

 

でも、福祉の業界の中にも「やめなさい」と注意したり、やめることを「約束」させたり、やってしまったら罰を与え「痛い目」に遭わせることで、徹底的に罪を認めさせるようなアプローチが正しいと信じている人がたくさんいます。

だから「やめなくていい」という支援のアプローチをすると『大バッシング』を受けるのです。

 

 

「考え方が甘すぎる」「そういう支援者がいるからやめられないんだ」「なにか遭ってからでは遅い」「それで責任を取れるのか」「なんのためにそちらを紹介したのか」

 

これらは実際に、福祉関係者をはじめ、ご家族、行政職員、医療機関、警察、近隣などから浴びせられた非難の声です。

 

そして彼らの忠告の通り、実際に当事者の方々は薬物を使用してしまいます。

すると、だから言っただろうと言わんばかりに『大バッシング』は勢いを増して、やっぱり自分たちの考えが正しかったんだと言わんばかりに口撃してくるのです。

 

こういった懲罰主義者からの非難の声は本当にキツいです。

無知の刃が心をえぐってきます。

もう愚痴でしかありませんが、わたしは安全なところから正論を言ってくる人が大嫌いです。

 

このような経験をすると、当事者の方々が否定され続けてきた気持ちが痛いほど分かってきます。

支援の本質を理解していない人たちと一緒に依存症支援などできません。

このような嫌な経験をしてしまうと、いち事業所レベルで「やめなくてもOK」という支援方針、ましてやハームリダクションによる支援などできるわけがないと思ってしまうのは仕方がありません・・・

 

だから、自助グループは最強だと感じますし、専門の治療施設も最強だと感じます。

地域のいちグループホームは無力です・・・

だからといって諦めるわけにはいきません。

まずは、依存症がなせ「やめられない病気」なのかについて、まわりの人たちにも理解してもらう必要があります。

 

 

 

依存症の「やめられない」メカニズム

懲罰主義による支援とは、ABA(応用行動分析)でいう「正の弱化」というアプローチ方法になります。

お酒がある → お酒を飲む → 罰を与える

罰(デメリット)を与えればお酒を飲まなくなるだろうという戦略が「正の弱化」です。

この戦略は一時的には効果が出ます。

ただ、その効果は一時的なものです。

 

たとえば交通ルールの違反切符がいい例です。

違反したその瞬間は、減点され罰金を支払い「もう違反はしない」と心に決めます。

でもしばらくすると、まわりには警察がおらず、気が緩んで違反をくり返してしまうのです。

同様に、依存症は「やめられない」病気なので、罰を受けないように懲罰主義者の目を盗んで隠れてお酒を飲むことになります。

でもけっきょくは懲罰主義者に見つかってしまうわけですが、そうなると彼らはより強い罰を与えることを望みます。

「まだ懲りていないんだ」と・・・

そして依存症者の人たちは、今度はどう目を盗んでお酒を飲もうかと、新たな戦略を考えることになります。

 

 

はたしてこれは支援なのでしょうか。

まずは、依存症者の気持ちを理解することからはじめる必要があります。

 

依存症当事者のやめられない理由は「負の強化」で説明がつきます。

ストレスがある → お酒を飲む → ストレスが消える

お酒を飲みさえすれば(即効で)不快なストレスを取り除けるという戦略が「負の強化」です。

不快を一瞬で取り除ける「負の強化」の威力はすさまじく、またそのメリットを得ようと行動をくり返してしまうのは納得です。

 

さらに厄介なことにお酒などの薬物には「耐性(慣れ)」が生じるので、今までの量では物足らなくなります。

もっと酒量を増やさないと、想像していた効能がもらえなくなります。

酒量が増えてまわりからも心配されると、さすがに「そろそろやめよう」と考えます。

 

でもやめると「禁断症状」が襲ってきて、発汗や手の震え、心臓の動機、幻覚などの症状に悩まされます。

でもでも、すべての症状を癒してくれる存在があります。

お酒です。

お酒さえ飲めば、すべての症状が和らいでいくのです。

 

現代のストレス社会を生き残るための手段として、一瞬で、即効で、ストレスを取り除いてくれるような存在はありがたいです。

一方、長い目で見ると、もっと先にあるメリットへの魅力がなくなってきてしまうのです。

たとえば、お給料日まで頑張るよりも、お酒を飲んで癒されることの方が、今の自分にはメリットがあるという衝動に襲われてしまうのです。

 

短期的にGOOD

でも長期的にBAD

 

依存症は「やめたくてもやめられない病気」なのです。

 

 

 

 

「動機づけ面接法」による支援アプローチ

冒頭の繰り返しになりますが、ハームリダクションとは「薬物使用による悪影響を減らしていく取り組み」ということになります。

現場レベルで実現可能なハームリダクション・アプローチの方法・・・

わたしは「動機づけ面接法」によるアプローチがベストな選択になると考えています。

動機づけ面接法は Motivation Interviewing の頭文字をとって『MI』と呼ばれています。

 

ご存じの人も多いと思いますが、MIはアルコール依存症者に向けて開発された支援技法です。

クライエントの「やめたいけれど 飲んでしまう」というアンビバレンスな状態を否定することなく、むしろその相反する矛盾した考えや感情を広げていくように、興味を持ってたくさん質問していきます。

つまり、飲んでしまう理由もたくさん聴かせてもらいますし、止めたい理由もたくさん聴かせてもらうということです。

MIでは、飲んでしまう理由の話しを「維持トーク」、止めたい理由の話しを「チェンジトーク」と呼んでいます。

 

 

『人には自分の言った言葉を信じる傾向がある』というMIの基本的な方針に従うと、止めたい理由である「チェンジトーク」をたくさん聴かせてもらうことで止める決意を固めていく支援プロセスをたどります。

「そんなに上手くいくのか?」という質問がよく聞こえてきますが、回答は「上手くいきます」と断言させていただきます。

ただし、何を基準に「上手くいく」とするのかがポイントです。

 

MIの技法では、DARNという4つのチェンジトークをたくさん聴かせてもらうのですが、私はこの『D』の部分がとても大切だと感じています。

Desire=「願望」の言葉です。

 

その人が、本当の 本当の 本当のところ、どんな生活を望んでいるのか、どんな人生を望んでいるのか、徹底的に聴かせていただくことで、クライエントへの理解が深まります。

Desire=「願望」さえちゃんと理解ができれば、あとは全力で応援することができます。

「その人の望む人生の実現」に向けて、一進一退ありつつも、着実に上手く進んでいくことができます。

 

 

「お酒を完全に止める」ことだけを「上手くいく」とする考え方だと、それは難しいですし、上手くいかないでしょう。

そもそもMIでは「お酒を完全に止める」ことをゴールにしているわけではないので・・・

 

ハームリダクションとは「薬物使用による悪影響を減らしていく取り組み」ということになります。

繰り返しになりますが、お酒を止めることではなく、お酒による人生への悪影響を減らしていくことがゴールになります。

MIの考え方に沿って支援を提供していくと、おのずとハームリダクションの考え方にも近づいていくことになります。

 

ということで、私たちのSHIPでは、MIの研修を通じてトレーニングを積みながら、みんなでハームリダクションの考え方を持てるように進んでいる最中です。

まだまだ道半ばではありますが、同じ考えのもとで支援提供をしていきたいと考えています。

 

以上、終了します。

アディオス・アミーゴ